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双極性障害になっても寛解をめざし

寛解(かんかい)するという事

寛解:完治とまでは言えないけれども、病状が治まっておだやかな状態にある事。
と、検索すると出てくる。

ある日を境に、寛解することはありえない。私の場合、まるで幾重にもある薄皮が
めくれるように症状が改善してきた。

その度合いも、一歩進んで二歩下がり、翌週にはまた一歩半進むというような
感じで一進一退を繰り返すような感じだ。

おおむね私の場合、10年がかりで寛解ではないかという所まで来たわけだが、
予断は許さないと肝に銘じている。

 

だがしかし、双極性障害の症状を恐れ、やりたいこともやらず、おっかなびっくり
生活しているわけではない。

まして、病気になったことに落胆してばかりいて、人生を悲観しているわけではない。

 

前向きに双極性障害と付き合う方法

私は、双極性障害という訳の分からない病気になってしまったわけだが、
「人生詰んだ」とか「人生オワタ\(^o^)/」とかこれっぽちも思っていない。

これは、うつ病になってしまった人や、八方ふさがりの状態に直面して
悩んでいる人にも言いたいが、悲観的なことばかり考えていたら
自分がかわいそうである。

人間というのは、不幸になるために生まれてきた訳では決してない。
幸せになるために生まれてきたのである。

まずは、この事を肝に銘じ人生を歩んでいった方がよほど
有意義ではないだろうか?

また、人生のすべてを双極性障害を治すことにささげるのは
私はお勧めしない。

確かに、大変な病気であるし、治るまで長期間かかるものである。

しかし、自分がこの世に生を受けた意味というのを考えてほしい。
決して双極性障害を治すためだけに生まれてきた訳ではないのだから。

私には私の、あなたにはあなたの生まれてきた使命が必ずある。

 

4回の精神病院入院を経験して思う事

入院しているときはとにかく、やることがない。暇なのである。

起きて、朝食を食べて、昼食を食べて、夕食を食べて、時間になったら
寝る。これの繰り返しだ。

あとの時間はフリータイムである。

その時間に私はいつも考えていたのは、(初めの頃はテンションが
上がったり、下がったりでまともに物事が考えられなかったが)
やはり、人生の意味だろう。

 

自分はこの先どうなる?

なぜ自分は生まれてきた?

こんな生活まっぴらだ!

人生ここで終わったら?

 

どう考えても、前向きにしたたかに生きて行った方が有意義であるという
事に考えが落ち着いた。

そして、こう思う。

「今は死ねない。このままで終わるわけにはいかない」

と。

 

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