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初めての子供

初めての子供は男の子

私と前妻に初めて子供ができたのは、私たちが30歳の時だった。
もっと早くに欲しかったのだが、中々できなかった。

しかし、子供というのは授かりものであるからして、かなり
楽観視していた。

そしてついに、前妻が妊娠。

私としては、両親が離婚しているので、家族が増えるという事が
非常にうれしかった。喜びすぎたのかもしれない。

少しこのあたりで、双極性障害の症状が出ていたように思う。

何かの本で読んだことがあるが、人というのは、うれしすぎても
悲しすぎても心を病んでしまうと。

出産前に、子供の性別はわかっていたので、男の子用の
ベビー用品を買いそろえた。

前妻は、実家に帰っていたので、当然身軽な私が買い物に
行くことになる。

そこで私は、あれもこれもと通常ではあまり買わないものまで
買い込んでしまうことになる。

その時前妻は、まぁ、初めての子供だから嬉しくてしょうがないのだろうと
言っていたが、後あと考えると、双極性障害の症状であった。

 

難産で初産を

そして、ついに前妻が産気づいた。私も病院に立ち会い、
出産には何と、24時間かかってしまい、最後には帝王切開しかない
という所まで来ていた。

病院の医師に、帝王切開をするにあたっての同意書にサインを求められた。
同意書というのは、要は手術を行うにあたって、病院側は最善を尽くすが、
もしもの場合は、何も責任を負いませんよ。というものであった。

何と無責任な!と私は思ったが、サインをした。

そしてついに、おぎゃーと第一子が誕生したわけである。

24時間長かった。前妻にはお疲れさまと言い、息子と
初対面した。

しわくしゃのサルのような顔をした息子が非常にいとおしかった。

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前妻が退院

約1週間後前妻が退院した。私は生まれたばかりの息子を
ゆりかごに入れ車をスタートさせていた。

息子は聡と名付けた。聡は私の親にとっても義理の親にとっても
初孫だった。

特に私の母の喜びようというのは大変なものであった。

聡が生まれてきてすぐ病院でガラス越しに写真を撮りまくっていた。
私は息子がまぶしいだろうと注意してもお構いなしである。
何と非常識なばあばであろうと思ったものだ。

 

それからは聡が中心に生活が回っていった。
夜泣きや、おむつ交換も私も手伝った。

でも、なぜか大変だというよりうれしかった。

今、世間ではいかに子育てが大変でつらいものであるかという事にばかり
クローズアップされているが、昔の親たちはみんな今より大人数の
子供を育ててきたのである。

子育て=つらい、大変

というのは、どんどん子供を産ませなくさせる何かのプロパガンダみたいだと
私は思う。

 

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