無題

性格だったのが病的な心配性に

仕事がらの性格

私は、それまでの設計の仕事がら、
ある事柄を深く追及する性格だった。

というのも、私が書く図面の線一つ、数字の1ミリの違いで
延べ300人ほどの人たちの作業に影響があったからである。
作業工程に影響があるという事は、工事の予算要は会社の
売り上げにも影響するという事だ。

いつも仕事をしている時に心がけるのは
「間違いはないか?」
ということである。

要は、心配性なのである。

そんな私だが、もっと自分の時間が欲しいという事で、
設計の仕事を辞めてしまった。

 

パン工場への転職といじめ

そして、次にやった仕事があるパン工場での仕事である。
まったく、畑違いな仕事だったが、自分の時間が持てるのは
結婚したばかりの自分にはありがたかった。

 

が、この職場で私は、執拗な集団職場いじめにあってしまう。

 

自分としては、早く仕事を覚えたくてしょうがなかったため、
とにかく、些細な事でも周りの人に色々なことを聞きまくった。

仕事なのだから早くいろいろ覚えるのに越したことはない。
幸いにして、ほどなく私はパンを仕込む担当にされた。

このことが、職場のリーダー格の人には気に入らなかったらしい。

ある日を境に、執拗ないじめが始まった。

一つ例を挙げれば、ある人にわからないことを質問し、
その通りにやってみると、別の人から
「何をやってるんだ!」
と、まったく違ったやり方を指示される。

そして、今度はそのやり方をやっていると、また別の人から
違うという指示を強い口調で支持される。といった具合だ。

全く納得がいかなかった。はじめはいじめだとは全然わからなかった。

だれの指示が正解なのだろうと甚だ疑問だった私は、休日を利用して
美味しいという噂になっているパン屋にいって実際にパンを購入して
研究したり、図書館へ行って片っ端からパンに関する本を借りてきて
読み漁ったりした。

多分こんなことも、リーダー連中は気に入らなかったであろうが、
元来、負けず嫌いで凝り性の私はそのままパンの研究は
やめはしなかった。

その職場自体はとても居心地が悪く(いじめを受けているのだから
当然だが)いつも、転職したいと考えていたが結婚もし、
子供もできたばかりだったため、いじめを受けても
無理をして働いていた。結局はそれがいけなかったのだろう。

実は、その職場は夜勤も有り、肉体的にもかなりハードであった。

 

元々の頑張り気質、探求心、結婚をして子供ができ、いじめにあっても
転職するわけにはいかない・・・

八方ふさがりの私のストレスは常にMAXであった。

そしてついに私は、訳の分からないことを口走り倒れて
救急車で運ばれることとなる。

躁状態にありがちな、自分のエネルギーを極限まで
使ってしまった状態らしい。

 

到着した病院で医師に言われたことは
「躁状態ですね」
であった。

無題

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です